オチのない話

新宿駅での出来事。明大前で人と会う約束があったので、滅多に利用しない京王線の構内を歩いていた。家路に就こうとする人で構内は混んでいた。

改札を抜けてホームへ続く階段を降りていると、脛に何かがぶつかった。立ち止まって顔を上げると大学生風の若い男がこちらを見つめていた。この男が誤って何かをぶつけてしまい、それを詫びようとしているのかと思えた。しかし男は黙っている。うまく言葉が出てこないのだろう。

しばらくの間、見つめあいが続いた。よく見ると男の目は充血していた。無表情ではあったが、鼻息が荒くどうも興奮している様子だった。こちらが気付かないうちに男に何かしてしまい、それに怒った男が脛に蹴りをいれてきたのかとも考えられた。何か文句を言ってくるのかと思って、ずっと言葉が出てくるのを待っていたが何も言う様子がない。

埒が明かないので、状況が掴めないままホームに向かって歩きだした。すると、男も俺の横にぴったりついて歩き出した。立ち止まって男の顔を見ると、黙ってこちらを見つめ返してきた。無視して歩き出すと今度は後ろに回ってついてくる。また立ち止って振り返ると男も動きを止める。男の足は震えていた。

ホームへ降りると、また俺と男の見つめ合いが始まった。どう声をかけていいのかわからなかった。俺が「あ」と言いかけると、男は急に踵を返して何事もなかったかのように列に並び始めた。俺は男と距離をとって電車を待った。

ホームに電車が到着した。車内に男の姿を見つけることはできなかった。どんどん人が乗り込んできて、やがて身動きが取れなくなった。電車が走りだした。脛に鈍い痛みに残ったままだった。

話はここで終わりで、特に続きがあるわけではない。拍子抜けはこちらも一緒である。

これはいわゆるところの「オチのない話」だが、「オチをつけなかった話」とも言えるわけである。対処の仕方如何では、立派なオチがついたかもしれない。

「なんなんですかアナタ!人のことジロジロ見て!何か言いたいことがあるんですか!」なんて言えば、また違った結果になっていただろう。しかし、相手の出方を窺うばかりで、特に自分から働きかけることを避けた。

どうやらオチは自然につくものでないようだ。おそらく、自分で積極的に働きかけないことにはつかないものなのだ。話上手の人は普段から話にオチがつくように意識して行動しているのだろう。

そうか、オチをつけるのは作為だったのか。どうりで自分の身には「おもしろい出来事」が起こらないはずだ。今まで全然気付かなかった。ああ嫌だ嫌だ。

そう思うとオチオチしていられないね。

 

辛いものより甘いものが好き

スタジオの帰り道、腹が減ったのでご飯を食べようということになり、博多天神というラーメン屋に入った。いつもは「とんこつ」を注文するのだが、その日は趣向を変えて「辛とんこつ」を注文した。コチュジャンともやしが入った小鉢が運ばれ、続いて通常のとんこつラーメンが運ばれた。これにコチュジャンを投入して頂くということである。食べてみるとこれが意外に辛く、食べ終わった頃には口内がヒリヒリして痛かった。

その夜は腹痛で目が覚めてしまいよく眠れなかった。翌朝も電車の中で腹が痛くなったりして大変だった。その夜H Mountainsのライブで顔を合わせた吉田くんに、下痢になっていないかと尋ねたら、帰り道に腹が痛くなり小走りで家に向かったと言っていた。

「辛辛魚」というカップラーメンがある。以前、高野さんから振る舞われ、美味しく頂いたという記憶があったのでファミリーマートで見かけたときに購入した。これが一口目から尋常ではない辛さで大変だった。「ひゃー、ああ、っさー、っさー、ああ!うあ!うぉう!うぉううぉう!っさー!」などと言って辛さをごまかしていたが大して効果はなかった。急いでごはんを電子レンジで温めて、ラーメンと交互に食べることで、なんとか完食した。その夜もやはり腹痛であまり眠れなかった。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」なんてことを云うが、「辛辛魚」の場合、唇、口内、喉、食道から胃腸にかけてずっと辛さに蝕まれることになる。尾籠な話でいささか恐縮だが、肛門まで辛い。

「辛さ」もここまでくるともはや「痛さ」でしかない。味覚よりも痛覚が刺激される食べ物だ。それでも、あえて「辛さ」という、味の範疇に収まるタームを使うのだから、何が何でも食べてやるという気概を感じてしまう。実際、「辛辛魚」を食べた翌日、「今日は美味しく食べられるのでは」という気持ちがどこからか湧いてきて、また食べてしまった。もちろんその日も腹痛で寝付けず、トイレとベッドの往復で夜が明けてしまった。

こんなことを書いていたら、また食べたいという気持ちが湧いてきてしまった。辛さの無間地獄だ。

ところで、肛門まで甘くなるような食べ物ってないよね。

 

ケース考

周りのギターを弾く人に比べると自分はエフェクターに対する興味が薄いかもしれない。エフェクト自体には興味がないわけではないが、エフェクターという機材そのものとなると話は別で、どうにも食指が動かないのだ。昔からそうだったわけではなくて、10代の頃は「ビッグマフってぇのはさぞかしすごい音が出るんだろうなあ!」などと思ったものだが、今となっては周りにそんなことを言う人は一人もおらず、ハンドメイドのものや生産中止のレアなエフェクターの話についていけなくて困っている。

こんなことを言ってしまうと、ギタリストとしての自覚が足りないと人から思われてしまって、昔憧れた機材がらみの取材なんてものは今後一切期待できないだろう。そんなわけで「ギターの機材に対してあまり興味が湧かないマガジン」の創刊が待たれる。

エフェクターに興味をもてないでいるのは、ケースという要因も影響を与えていると思われる。一般的なエフェクターケースの、あの物々しいゴツゴツした形状が気になってしまって、どうしてもあれをもつ気になれない。

「それには共感できる」という人は結構いると思う。実際、アンティークショップで買ったと思しき小型のトランク鞄にエフェクターを詰め込んでいる人などもたまに見かけることがある。それを見てかっこいいなあと思うのだが、自分がやっても人から茶々を入れられるのが関の山だろう。お洒落な人は見た目だけでなく生活態度から徹底しているので、トランク鞄をエフェクターケースに使用することもごくごく自然なものに見える。自分のような半端な者がやったところで、トランク鞄だけがきっと浮いて見えることだろう。こういうときに中途半端な自分が情けなくなる。

なにか良い手はないかと、ネットでエフェクターケースを探しているときに、フェンダー製のツイード張りハードケースを模したものを見てなかなか良いなと思った。たまたま対バンの人が使っていたので、眺めていたのだがどうもしっくりこない。サイズの問題だろう。もう少し横に長ければ印象も変わっていたはずだ。しかし、自分は使うエフェクターが少ないので、横長のそれはまったくもって必要ない。

現在は肩がけできる布製のケースを使用している。買った当時は自転車で移動することが多く、肩がけできるものが欲しくてそれを選んだ。今では年季が入ってかなりクタクタになっており、腰にあたる部分が湾曲を描いている。見た目に関してはまったく気に入っていない。無駄なポケットが邪魔臭い。

無駄なポケットといえばギターのソフトケースにもたくさんポケットがついているが、あれがそれほど必要だとは思えない。そもそもギターのソフトケースというものも、見た目にかなり難があるように思える。一向に洗練される気配がない。

いまだかつてギターケースが「かっこいいもの」として世の人々に認識されたことは一度もない。ギターケースを背負ったロックスターの写真が一枚も残されていないのがその証拠である。ジョン・レノン、ジミ・ヘンドリックス、キース・リチャーズ、ジョニー・サンダース、カート・コバーンがギターケースを担いで格好良くポーズを決めている写真を見たことがあるか。おそらくこれらロックのカリスマたちも、「ギターはいつだって最高さ。だけど、あのソフトケースって代物だけはいただけないな」と思っていたはずだ。

「ギターケースといえばこれ!」という定番になるようなものが一日でも早く作られることを願っている。変なヒモをつけたり、どでかくロゴをいれるなど言語道断である。無難であればそれで良い。そんなに難しいことか。

「ケースを気にするなんて馬鹿らしい。中身であるギターが何よりも大切なのだ!」なんてことをおっしゃる方もみえるだろうから、そういう人のために中が丸見えのビニール製ケースなんてものを考えた。自慢の愛器を見せびらかすことができて、ビンテージギターを所有するお父さんなんかに好評を博すと思うのだがどうだろう。

 

歌う俳優たち/1958年から1964年のヒットチャート

歌う俳優たち(2013年5月10日)

映画の中で俳優が歌を歌うシーンをプレイリストにまとめみた。

これらのシーンをコレクションすることは、ちょっとしたライフワークになっている。映画を見ていて俳優が歌うシーンが出てくる度に検索してはこのプレイリストに追加している。

ミュージカル映画や音楽がメインテーマになっている映画や、劇中で歌われている曲がその映画のための書き下ろしのものは除外している。

普段よく観る映画が2000年以降のものなので、そういった趣向のプレイリストになっている。

お気に入りはエマ・ストーンがエディ・フロイドの「ノック・オン・ウッド」を歌う場面。 同じくマーチングバンド部を従えてヒース・レジャーが歌う「君の瞳に恋してる」も最高。

今後も少しずつ更新していく予定。

1958年から1964年のヒットチャート(2012年1月4日)

一般的にポップスの黄金期とされる1958年から1964年までのアメリカの年間シングルヒットチャートをYouTubeのプレイリストにまとめた。せっかく作ったので、他の人にもどんどん活用して頂きたいと思い公開することにした。

ポップスが聴きたいという欲求が高まったのが一昨年の年末あたり。曲そのものを知っているものは数が限られているので、この時代にはこんな歌手やグループがいて、この作家が曲を書いていて、プロデューサーにはこの人がいて、スタジオミュージシャンには誰々がいて、みたいなことをチマチマ調べながらCDを買ったりしていたのだけれど、もっと気軽に聴く手段は何かないかと考えていた。

ひとまず「曲そのもの」を聴かないことには何も始まらないだろうと思いYouTubeを活用してみることにした。その際に、ヒットチャートというものを「入り口」とした。

モータウンならモータウン、ビーチボーイズならビーチボーイズ、フィルスペクターならフィルスペクターというようにそれぞれ個別に当たっていくよりは、ヒットチャートという一つの場にドゥーワップ、フォーク、カントリー、イージーリスニング、ロックンロール、R&B、ジャズボーカル、コミックソング、インスト等々、様々なものが渾然と並んでいる「何でもござれ」という状況に身を置いたほうが、より楽しく聴けるんじゃないかと考え、別の「入り口」から再入門することにした。

ヒットチャート上の曲を一曲一曲を検索してプレイリストに追加していくのはただの作業でしかなかったが、一度作ってしまえば後はただひたすら聴いていればいいのだから気楽なものである。

これをラジオ代わりにどんどん聴いていこうと思う。

Hits of 1958
Hits of 1959
Hits of 1960
Hits of 1961
Hits of 1962
Hits of 1963
Hits of 1964

※2014/04/21追記

削除されてしまった動画が多く、プレイリストは歯抜けとなっている。

 

カードはいらない袋をくれ

先日、荷物をAV(オーディオ・ヴィジュアル)ショップの紙袋に詰め込んで出かけたところ、会った人に、それはなんだと聞かれたので、今日の荷物だと答えたところ、笑われてしまった。紙袋なんか使ってるのかというのである。また別のときに、携帯や財布、文庫本などをディスクユニオンの袋に入れて持ち運んでいたら、バンドメンバーに笑われたこともあった。みすぼらしいからやめたほうが吉、との忠告をくれた。

中高生の時分、洋服屋の袋に体操着をつめて登校する者が多かった。男子ならBEAMS、女子ならHYSTERIC GLAMOURなどのビニール袋を肩に掛け通学路を闊歩していた。自分もその一員であった。その名残だろうか、お店でもらった袋類をとっておく癖がついてしまった。ケチくさいと云って笑う人もいるかもしれないが、大量のCDを買い取りに出しにいくときなんかに重宝するので紙袋も侮れない。お店の人も気を使って「紙袋はこちらで処分いたしましょうか」などと聞いてくれることもある。荷物が減って大助かりである。

様々なシーンに対応できるほど鞄を豊富に所有しているわけでないので、いつもより荷物が多いときなんか困る。それもたまのことだから新たに購入する気も起こらない。袋となれば多種多様のサイズを取り揃えているので、現状困ることはないのである。大小いくつもの鞄を揃えておくのが大人の嗜みであるとは思うのだが。

一方で、「男子たるもの手ぶらでまちをゆけ」というようなことを言う人もいる。たしか西洋の服飾文化に詳しそうな人の本に書いてあったと記憶する。たしかに英国紳士の出で立ちを想像してみても、トートバッグの類を持ったところはあまり浮かんでこない。アメリカの男子代表であるところのカウボーイが持っているものといえば、腰にぶら下げたピストルとウイスキーの小瓶ぐらいなもんで、リュックサックを背負ったカウボーイが登場する西部劇なんてのはついぞ目にしたことがない。所を日本の移してみても、巾着袋を手首に下げたお侍さんなどは想像しにくいし、服飾文化の権威が言っていることもあながち間違いとはいえないだろう。

そうはいっても、財布や携帯などの細々としたものをズボンのポケットだけに納めようとするとこれが大変である。ジーンズのお尻がパンパンに膨れ上がっている様はなかなかに不格好だし、ポケットからはみ出した財布から、飲食店のポイントカードやら病院の診察券やらがさらにはみ出しているところを見ると情けない気持ちになってくる。

そもそもの話、財布の中身がカード類で今にもはち切れんばかりになっているのが問題なのだ。最近はだいたいどこへ行ってもやたらとカードをもたせようとしてくるからいけない。銀行、病院、コンビニ、レンタルビデオ屋、鉄道会社、美容院、漫画喫茶、靴屋、居酒屋など、枚挙に暇がないとはこのことである。

企業側は「あいつら、カードさえ渡しておけば、バカみたいに喜ぶからな!ガハハ!」などと考えているのだろうか。ドラゴンボールやSDガンダム、遊戯王、さらにはポケモンという前例があるとはいえ、あんまりだ。悔しい。

むしろ、そのためのカードダスやポケモンカードがあったとは考えられないか。幼いころからカード慣れさせておこうという魂胆だったのではないか。なんて奴らだ。腹が立ったので財布の肥やしとなっているカードは処分しようと思う。そしてこれからはもう一切ポイント類を貯めないことにする。

しかし、一生のうちもう二度と訪れることがないであろう地方にあるネットカフェの会員証などを見てしまうと、なんだか趣があるように感じられて、これがなかなか捨てられないのだ。

増え続けるカード類と袋類に囲まれてそんなことを思ったのである。

 

街中のフェードイン/フェードアウト

日暮れ頃の新宿駅南口前の通りはストリートミュージシャンが集まるようになっていて、南口から東南口までの間に多いときで5組ぐらいのミュージシャンがいることもある。この通りを歩いていると、天然のフェードイン/フェードアウトが聴けてなかなか楽しい。

ストリートミュージシャンというと、一般的にフォークギターの弾き語りというイメージがあるけれど、むしろそういう人はあまり見かけない。キーボード弾き語りの人、カラオケに合わせて歌う人、バンド編成の人たちなどが多い。バンド編成の場合、ドラムの役割はカホンが担っている。小ぶりのシンバルなども用意されていて機材はなかなかの充実ぶりである。

昨今は、どのような演奏形態をとっていてもマイクとアンプが必須アイテムであるようだ。あるときビートの利いたトラックを流しながらフリつきで歌う二人組が衆目を集めていた。その横にフォークギターを抱えた男性が立っていて、二人をうらめしそうに見つめていたのが記憶に残っている。

東南口の階段を降りて、フラッグス脇のスタバなどが並ぶ通りを歩いていると、ケバブ屋からスパイスの香りが漂ってくる。腹が減っているときなどは、食道がパカっと開き、鼻から胃にかけて一直線に香りが流れこんできて、堪らない気持ちになる。胃の中のひな鳥たちが餌を求めてピーチクパーチク騒ぎ出すのがわかる。

しかし一瞬にしてひな鳥たちは気絶してしまう。ケバブの膜を突き破って棘々しいケミカルな臭いが胃に雪崩れ込んでくるからだ。その臭いを放っているのはケバブ屋の先にあるLUSHである。ケバブにかぶりついて咀嚼すると、LUSHの入浴剤が口中に拡がり、見る見るうちに泡だらけという場面を想像してしまい、思わずえづいてしまう。きっと胃の中のひな鳥たちも泡を食っていることだよ。

件のケバブ屋はもう何日もシャッターが降りたままなので、ひょっとすると店じまいしたのかもしれない。LUSHの近くでテイクアウトオンリーの飲食店を続けるのは難しいことだと思う。ケバブのような香りの強い食べ物なら尚更である。あそこは香りのフェードイン/フェードアウトが味わえる希有な場所だったから残念といえば残念だ。

ところで、香りのフェードイン/フェードアウトで思いついたのだが、DJ、VJに続いてPJなんてのはどうだろう。PJとはパフューム・ジョッキーの略である。なんだか芸能人と結婚できそうな雰囲気が漂う肩書なので、誰かやったらいいと思う。オススメ。

 

愛知県です

私は愛知県出身です。名古屋ではありません。名古屋から南南東へ下ったところにあります碧南市というところの生まれでございます。よくある地方のまちです。

出身地を尋ねられると、「愛知県です」といつも答えているのですが、そうすると「あ、名古屋ですか?」と返される事が多いです。名古屋ではないので最初から愛知県と答えるようにしているのですが、そう返されては二度手間になってしまいます。かといって、いきなり碧南と答えたところで相手からしたら、どこだよ、という話で、これがなかなかに面倒なのです。

さらに面倒なのは名古屋に関する知識が少ないので、美味しい食べ物屋さんなどを聞かれても答えられず、相手を興ざめさせてしまうことです。味噌カツやひつまぶしも日頃よりそうそう口にするものではありません。

母親の職場が名古屋にあったので、幼い頃から訪れる機会には恵まれていました。また、高校生になると友人と連れ立って買い物に行くようにもなりました。しかし行く場所は大体決まっていたので点と点を結ぶ数本の線でしか把握しておらず、地理的にも全く詳しくありません。

方言に関しても面倒が多いです。碧南というところは三河というエリアに属しており、我々が普段使用している方言は三河弁と呼ばれています。光浦靖子さんの訛りは三河弁です。厳密にいうと東三河弁です。碧南の人は西三河弁で会話をします。語尾に「じゃん」「だら」「りん」がつくというものです。三河の人間は、海老フライのことをエビフリャーといったり、ハイライトをヒャーリャートといったりはしません。さすがに名古屋の人も言わないと思いますが。

コミュニケーションの一貫として、相手の出身地をわざと小馬鹿にしてからかってみせることは普段よりよく行われていますが、名古屋弁を馬鹿にされても今一ピンと来ないので、リアクションに毎回困っています。「エビフリャーエビフリャー!」「だみゃあだみゃあ!」などという意味のわからないことを一方的に捲し立てられるのはあまり心地よいものではありません。音声的にもかなり不快です。これは出身地の問題ではありません。試しに松濤在住の幼稚園児に同じことをしても必ず泣くと思います。

かように名古屋に対する心情はかなり微妙なものです。その文化に精通しているわけでもないし、その一方で、人から馬鹿にされれば自分のこととして受け止めざるを得ないのです。名古屋のこととなるとどうも卑屈になってしまいます。

名古屋が小馬鹿にされるようになったのはタモリのせいだと母から聞きました。福岡出身の人に聞くところによると、九州には名古屋を馬鹿にする流れがあるそうです。関ヶ原以来の因縁でしょうか。

ここにきてこういうことを言うのも何ですが、はっきり言って名古屋がどうとか愛知がどうとか人からすればどうでも良い類の話題です。細けぇな、黙って馬鹿にされてりゃいいんだよ、というのが正直な感想だと思います。

アメリカ人に「ヘーイ、ブルース・リー!」と言われれば、「ホアチャー!」と怪鳥音をあげて、カンフーを真似てみせる、そういうのがマナーだと思います。そういったマナーをドメスティックな視点まで拡大する必要があります。ステレオタイプとセルフパロディのキャッチボールこそがコミュニケーションの基本なのではないかと思う今日このごろであります。

 

ぐるぐるとHのカバー

4月6日

さいたまスーパーアリーナに隣接したTOIROというスペースで行われた「ぐるぐるTOIRO」にてライブ。埼玉へ行くのはいつぶりだろうか。

いつかの卒業コンパで、朝まで飲んで、さあ帰ろうという段になって、遊び足りないと言い出す者がおり、皆で付き合うことになった。ひとまず新宿でラーメンを食べて、それからなぜか鉄道博物館へ行くことになり大宮へ移動。開場時間までマックで時間を潰していたのだが、コーヒーを飲んだところ吐き気を催し、トイレに向かうも既に使用中で、やむを得ず洗面台に。それを見た後輩に「ゲロといえば鳥居さん」と長いことからかわれた。

埼玉へ行くのはそれ以来である。小腹が空いていたので、赤羽で電車を待っている間にホームの立ち食い蕎麦屋で食事。一口食べて失敗だと思った。これがきっかけとなり、美味しい蕎麦を探求しようという気持ちが生まれた。今後この気持ちがすくすくと育ってくれることを願っている。

ライブのMCでパスカルズの方も言っていたけど、さいたまスーパーアリーナでやるということで、どれだけ広いところでやるんだろうと疑問に思っていた。当日まで楽しみは取っておこうと思って誰にも聞かなかったし自分でも調べないようにした。室内だと知って腑に落ちた。

ヒカシューを観ているときのこと。ライブ中に、古の民族衣装のようなものを身にまとった女の子がゲストで呼び込まれた。一人はアコーディオンを抱えている。寡聞にして存じあげていなかったが、チャラン・ポ・ランタンという二人組とのことだった。二人を交えて「モスラの歌」と「ハヴァ・ナギラ」が演奏された。これがとても良くて、その後も自分たちのステージがあるというので観たいと思った。

それでチャラン・ポ・ランタンのライブを観たのが、圧倒されてしまった。歌も演奏も上手だし、MCも愉快で笑った。そしてなぜかへこんだ。

先日の「みんなの戦艦」もそうであったけれど、ライブを観て色んな人たちに刺激を受けることが多く、近頃は気が急いている。

4月9日

H MountainsのKJと我らが吉田の生年月日が全く同じということにかこつけてH Moutainsとトリプルファイヤーでライブを行った。誰が言い出したのかわからないが、お互いの曲をカバーしあうということになっていた。Hは「スキルアップ」を、我々は「江ノ島」をカバーした。

Hはしっかり作りこんできていて、その出来は素晴らしいものだった。他のライブでもやるというようなことを言っていたと思うので、気になる人はライブに行って確かめたら良いと思います。

人にカバーされるのは初体験で、企画ものとはいえこれがなかなかに嬉しかった。ライブを観ていて常々感じるのだが、他人の曲を演奏をする人は少ないような気がする。カバー好きとしては皆もっとやったら良いのにと思う。

一方、我々の「江ノ島」は。スタジオにおいて、雑にやってヘラヘラするのだけは避けたいと宣言したものの、最終的にヘラヘラする結果となってしまった。正直悔いが残る。いつかリベンジしたい。

Dick Dale “Hava Nagila”
 

陰翳礼讃

10年程愛用しているコンポがCDを読み込まくなった。レンズクリーナーを買ってきて試してみたものの認識すらしない。グーグルで機種名に故障という単語を加えて検索すると、修理の方法について書かれた記事が数件ヒットした。その記事を参考にしながら分解し、中身を掃除して再び組み立てると今度はレンズクリーナーをきちんと認識し音声が流れ始めた。嬉しくなって近くにあったCDを挿入してみると「NO DISC」との表示。レンズクリーナーしか再生しないコンポの存在意義とは。

先日、久々に中野ブロードウェイに行った際にFUJIYA AVICを覗いてみると中古のCDレシーバーが手頃な値段で売られていた。1日悩んで購入を決意。家に帰って早速設置し、ひとまずベタにスティーリー・ダンの「エイジャ」を再生してみる。気合が入った音でなかなかによろしい、と思ったがボリュームが大きめに設定されていただけであった。特に文句はないが、ひとつだけ頂けないのはスイッチを入れるとボリュームノブの上部が青白く光るところだ。昨今は電子機器というと何にでも青色LEDがついてきてかなわない。Amazonで買ったUSBケーブルは認識されるとヘッド部分が青白く光るが、これが邪魔くさくてしょうがない。日本にいる限り国道沿いのセンスから逃れることはできないのだろうか。

最近はすっかりと春めいてきてイルミネーションが撤去されて久しいが、ここ数年冬場になると青白いイルミネーションがよく散見された。新宿駅東口の広場などは植えられている木に青と白の寒々しい電飾が括りつけられていたが、あれを見ると気が滅入るのでよしてほしい。思うにあれは人除けではないか。何となく顕微鏡で見たときの病原菌を想像してしまう。

某私鉄の駅には「結婚したくなるイルミ」などという正気の沙汰とは思えないポスターが貼られていた。ああいうのは誰が取り仕切っているのかわからないがよっぽど美意識に欠ける人物が考えてやっているのだろう。一度でいいから谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」を読んでみてほしい。近世以前の日本人は暗がりに美を見出してきた。「陰翳礼讃」にはきっとそういうことが詳しく書いてあるのだろう。きっとそうに違いない。

 

Guilty Pleasuresとは

先日、「無人島レコード」を公の場で発表する機会をいただきました。音楽好きの間では定番の質問ではありますが、今まで実際に尋ねられたことは一度しかありません。そのときは単純に好きなアルバムを挙げて終わりました。そのときに挙げたのはハース・マルティネスの「ハース・フロム・アース」とジョー・ママの「ジョー・ママ」の2枚。その質問をした大学の先輩は答えを聞いて「おっさんかよ」といって笑っていました。

今回も捻りの利いた良い答え方など浮かばず、好きなアルバムをわりと真面目に答えました。3年くらい前、暇な時に選定した「心の名盤オールタイムベスト100」の中から「無人島」という前提を加味した上で3枚選びました。

 

無人島 ~俺の10枚~ 【トリプルファイヤー 編】

昔から好きなミュージシャンがどんな音楽を聞いているのか気になるほうなので、こういう企画は大好きです。ただもうちょっと下衆っぽい興味が湧くこともあります。「人にはちょっと言いにくいけどついつい聴いてしまう好きな曲」というのが気になったりもします。そんな企画があればいいのになと考えていたときに、ある外国の言葉を思い出しました。

とあるライブの打ち上げで日本在住のアメリカ人と同席することがありました。20代前半、英会話教室の講師である彼は企画を主催したバンドの友だちとのことでした。

我々のライブを見てくれていた彼は、私に「ナイスだったよ」と声をかけてくれました。どんなギタリストが好きかという話題になり、私はエイモス・ギャレットと答えると彼はその名前を知らないようでした。マリア・マルダーの「真夜中のオアシス」でソロを弾いている人だと言ったら、合点がいったようでメロディーを口ずさみ始めました。お父さんの”Guilty Pleasures Mix”でよく聴いた曲だから知っていると言います。

“Guilty Pleasures”という言葉が気になり彼に説明を求めました。聞けばどうも日本語でいうところの「わかっちゃいるけどやめられない」というような感覚のものでようでした。休日に二度寝三度寝をして昼過ぎまで寝てしまうだとか、夜中にスナック菓子を一袋食べてしまうだとか、1日履いた靴下の臭いをかいでしまうといった、やましさを感じながらもついついやってしまうことを英語で”Guilty Pleasures”というそうです。自分を例に出すと、以前、ブラウザゲームというインターネットブラウザ上で作動するミニゲームで1日を浪費することがありました。長時間プレイしていると脳から気持ちの良くなる汁が分泌されている気がして止まらなくなってしまいます。ドラクエやFFといったゲームをやり込むのと違って話の種にもならないし、恥ずかしいので人に言うことはまずありません。

それに似た感覚でついつい聴いてしまう音楽とは一体。例えばどういうものがあるのか尋ねると、彼はルパート・ホルムズの”Escape (The Pina Colada Song)”という曲を歌ってくれました。しかもワンフレーズごとに日本語訳もついてきます。さすがは英会話講師。

トロピカルなムードの漂うAORです。AORといえば今でこそ「ヨットロック」という間抜けだがどこか愛らしさのある新たな呼び名を得て一部の好事家に愛されていますが、それでも未だに「ダメな音楽」の代名詞として認識している人は多いです。

79年のヒット曲で、ビルボード・チャートで1位を記録。彼のお父さんは、先の「真夜中のオアシス」とともにこういった若い頃に聴いていたヒット曲を”Guilty Pleasures Mix”にまとめてドライブ中に聴いたり一人で熱唱したりしているのでしょう。

それを単に「懐メロ」と呼ぶこともできましょう。しかし「懐メロ」と言ってしまえば、それはもはや居直りでしかありません。”Guilty Pleasures”という言葉に含まれる照れくささや恥じらいの心が大事で、その申し訳無さそうな素振りがなんとも言えない愛らしさを催させます。

自分が好きなものは胸を張って好きと言うべきだという向きもあるでしょう。お仕着せの価値観に囚われず良いと思ったものを素直に良いと言うのが美徳とされています。たしかに好きなもんは好き!と言い切ったほうが細々とした根拠を羅列するよりも遥かに説得力をもつ場合もあります。ただ、大見得を切るのは確信に満ちた人がやるから迫力が出るのであって、自分のような小心者がやましさを押し殺して「好きなもんは好き!」と凄んだところでそれはやはり居直りでしかありません。これではフォーク並びに気づかないふりをして空いたレジに飛び込むオバサンとやっていることは大体同じです。

そういう意味で”Guilty Pleasure”について考えることは自分に対する検討にもなります。やましさとはタブーを犯すときに感じるもので、タブーは自分の外側にあるものとの関係の中に生まれるものですが、それを暗黙の了解せず一度明文化してみることで、自分を規定する枠組がどういうものなのか把握していこうという試みにもなるのです。

自分を取り巻く枠組みを把握することは自分の立ち位置を明らかにすることでもあります。それは他人に対する配慮をもつことと同じです。例えばあなたが誰かと駅前など人の多いところで待ち合わせしていて、人混みのせいで相手の姿を確認できず、携帯電話で「どこにいる?」と尋ねたときに、相手が「ここだよ」としか言わなかったら困りませんか。

所在に対して検討することは見識をもつことでもあります。ただ見識には気位や見栄という意味もあるので疎まれる傾向にもありますが。

さて、くだくだしく能書きを垂れていますが、これが何なのかと言ったら”My Guilty Pleasures Mix”を発表するための前置きでしかありません。結局これがやりたいがため。こんなことに付きあう羽目になった人へ言いたい。本当に申し訳ありません。

というわけで、”Guilty Pleasures Mix”もとい「やましいところがあって人に言うのが憚られるけれど好きな曲リスト」です。早速行ってみましょう。

アメリカのドラマGleeで再会した曲です。同性愛や身体的な障害、妊娠、薬物、肥満といった十代の肩には重すぎる問題に対して、歌と踊りで明るい見通しをつけてくれるのがGleeですな。ザッツ・エンターテイメント!Gleeを前にして「このバカちんが!」と怒鳴ることも愛の授業も必要ありません。

主役級であるところのフィンはアメフト部の花形選手ですが、そんな彼がスクールカーストという枠組みの中でコーラス部に所属して歌ったり踊ったりすることは”Guilty Pleasure”でありましょう。しかし、気持ちのよい歌と踊りには”Guilty”を吹っ飛ばす力があります。

Gleeは今まで遠ざけたり素通りしてきた音楽と再会させてくれたりもしました。まさか産業ロックの筆頭格ジャーニーの“Don’t Stop Believin”に涙する日が来るとは思いもよりませんでした。

「ブリちゃん」の”Toxic”もそんな曲の一つです。Gleeではシュー先生とグリー部の面々が全校集会でこの曲を歌います。あまりのセクシーさにあてられて生徒たちは大興奮。騒ぎを見かねたスー先生は警報のスイッチを叩き一言。「ブリトニー・スピアーズ仕込みのセックス・ライオットだね!」

ハイパースムース!クワイエットストームどころの騒ぎじゃないですよ。エクストリームラグジュアリーですよこれは。スティービーの天才によるこのコードワークは薄暗がりの中で微細な光を明滅させるシルク製のシーツのような耳触りです。マイケルの歌唱も耳で味わうシャンパンといった風格。歌詞に”Angel”と”Heaven”という単語が出てくるのもポイント高し。ああもう一生聴いていたい。自分の葬式でも是非この曲を流してもらいたい。

この悦びをやましく感じるのはラグジュアリー志向という「本音」の部分が顔を出すからでしょう。バブルという産湯に浸かって育ったためか未だ自分のプチブル的感性に折り合いをつけることができないでいます。しかし日本には「ボロは着てても心はクインシー」なんて格言もあります。ご存知でした?

1999年のヒット曲であります。中学生の頃に「夏休みミックス」というのを作りましたが、そこにはもちろんこの曲も入っておりました。この曲ほど夏休みの朝にマッチする曲はないでしょう。他にはインキュバスやレッチリ、311、サブライムなどが入っていたと記憶しております。やっていることが今と変わりません。当時はこういう音楽を生むアメリカ西海岸の風土に憧れたものです。

思春期も中頃に迫ってくると、脳天気で軽佻浮薄な音楽よりも、シリアスで重厚謹厳な音楽を欲するようにもなりましたが、二十歳前後で軽妙洒脱という言葉を覚えてからはまた違った見方もできるようになりました。それは「精神性」よりも「心意気」のほうが自分にとって重要になったということでもあります。

“Every Morning”についてですが、この曲はヤング・ラスカルズの「グルーヴィン」とか、ラヴィン・スプーンフルの「デイドリーム」といったポップスの流れを汲んでいると個人的には思っております。弛緩しきらない程度の脱力加減がたまらなく好きです。何事にもシマリは大事です。

60’sポップスと比べると70’sポップスの評価はガクンと落ちます。アメリカ映画では70年代のポップスはギャグとして使われがちですが、それでもふいに耳にするとグッと来る曲もたくさんあります。カーペンターズの諸作(「遙かなる影」はマイ・オールタイム・ベスト・トラック!)を筆頭に、ギルバート・オサリバン「アローン・アゲイン」、シカゴ「サタデイ・イン・ザ・パーク」、バリー・マニロウ「涙色の微笑み」、アルバート・ハモンド「カリフォルニアの青い空」、エルトン・ジョン「可愛いダンサー(マキシンに捧ぐ)」、などなど。ブルース・ジョンストンの「ディズニー・ガール」が好きな人とか心当たりはないですか。

幼いころに伯母のホンダ・シビックに乗るとこういう曲がよく流れていました。住宅や自動車の購買層である親の世代に向けて、コマーシャルなどでも70’sポップスがよく使用されいます。世代間の断絶は若者文化のひとつのテーマですので、親の世代がよく聴いた音楽に対してゲンナリしてみせることがマナーとなっていますが、マナーを破るというのも若者文化のテーマのひとつです。

「高田馬場のジョイ・ディヴィジョン」としてこの曲は捨て置けませんな。どこかブリルビルディングの香りがすると思ってクレジットを見たら納得。セダカ&グリーンフィールドのペンによる75年のヒット曲です。シンセが可愛い!

バンドのデモを作るのにGaragebandというソフトを使用しています。このソフトにはエフェクターがいくつも用意されているのですが、ギターにディストーションをかけてしまった日には延々ペンタトニックのフレーズを弾きまくるか、往年のハードロック・名リフ大会が行われることになります。デモ作りが煮詰まっている証拠なんですが。これもひとつの”Guilty Pleasure”と言えるでしょう。初めて買ったギター雑誌がヤング・ギターという出自がありますので、ついついそういう面が顔を出してしまうのです。何がストイックだよ、ちゃんちゃらおかしいや!という話です。

ところで皆さんは「アルゴ」という映画をご覧になりましたか?私は映画館へ観に行きました。ストーリーの中でCIA職員のベン・アフレックがハリウッドへ飛ぶシーンがあるのですが、そこでヴァン・ヘイレンの「踊り明かそう」が流れるのです。これがまた実に気持ち良く響いてくるので驚きました。ギタリストというのは部屋に篭ってシコシコ練習するのが常であります。ヴァン・ヘイレンはそういう人たちのお手本として聴かれることが多いし、現に私もそういう位置づけでしか聴いておりませんでした。しかし、この映画での演出をきっかけに考えが改まりました。窓を閉めきった部屋で聴くヴァン・ヘイレンはヴァン・ヘイレンにあらず!窓を開けて外の空気を取り込みながら聴かなきゃダメなんだと。

さすがはプロデューサーのテッド・テンプルマンがらみで「ヨットロック」本編に出てくるだけのことはあります。西海岸スムース文化をハードロック方面で担っていたのがヴァン・ヘイレンなのです。ギターを捨ててビーチへ繰りだそう!ステイスムース!